「人生100年時代」と言われる昨今、老後の貴重な収入源となる年金。
皆さんは、年金に「繰下げ受給」という制度があることをご存知ですか?今回は気になる年金制度の内容と2022年4月からの改正で変わったポイントをご紹介致します。
知らないで損をしてしまった、ということがないように、「年金」と上手に付き合う術を身につけましょう。
Contents
繰下げ受給の概要について
現在の老齢年金は(ここでは、老齢基礎年金・老齢厚生年金をまとめて「老齢年金」とします。年金制度の繰下げ受給では、両者に適用される制度内容は共通のため、特に区別しません)原則、65歳から年金を受給することができます。
しかし、老齢年金の受給開始年齢を遅らせることにより、繰下げた期間に応じた一定の増額率(0.7%✕65歳に達した(または年金を受け取る権利が発生した)月から繰下げ申出月の前月までの月数)で、受け取れる年金額を増やすことができるのです。
この、「受給開始年齢を遅らせる申し出をすること」を「老齢年金の繰下げ受給をする」といいます。
繰下げ受給により決定された年金の増額率は、一生涯変わることはありません。
これまでの繰下げ受給は?
それでは、これまでの繰下げ受給がどのようなものだったのか見ていきましょう。
ここでは、通常想定される「65歳から老齢年金を受け取ることができる人(昭和16年4月2日以降生まれ)」をモデルにご説明します。
通常、受給開始年齢に達し老齢年金の受給権が発生する方には、受給開始年齢(ここでは65歳)に達する3ヶ月前に、日本年金機構より年金請求書等の書類一式が届きます。
65歳から年金を受け取る場合には、届いた書類に必要事項を記入して、添付書類を準備し、受給開始年齢の誕生日の前日以降に、年金事務所に提出します。
しかし、繰下げ受給を希望する場合には、このタイミングでの書類の提出は行いません。
では、いつ年金請求書を提出すればよいのでしょうか?
実は、繰下げ受給が適用される受給開始年齢は、66歳以降になります。つまり、書類を提出するのは66歳以降ということです。
繰下げ受給を希望する方で、「そろそろ年金を受給したい」と思ったら、66歳以降70歳までの間のご自身の希望する時期に、上記の書類と「繰下げ請求書」という書類を併せて提出することで、繰下げ受給の請求手続きを行ないます。(この、65歳から繰下げの請求を行うまでの期間を「繰下げ待機期間」といいます)
この手続きを行なうことで繰下げ待機期間に応じ、8.4%~42%までの間で繰下げ増額率が決定されるのです。
年金をもらうのを遅らせるだけで、もらえる年金が増えるなんて、少しお得な気分になりますね。
2022年4月の年金制度改正による変更点
さて、これまでお伝えしてきた繰下げ受給ですが、2022年4月、年金制度の改正により従来70歳までだった繰下げの上限年齢が、75歳まで引き上げられることになりました。(対象は昭和27年4月2日以降生まれの方)
これにより、従来は最大42%だった増額率も、最大84%まで上がることになります。
健康に自信があって、「長生きするぞ!」というお年寄りの方には、非常に魅力的な改正かもしれませんね。
繰り下げ受給のメリット
ここまで、繰下げ受給の概要と2022年4月からの改正点をお伝えしてきましたが、実際、繰下げ受給にはどのようなメリットがあるのでしょうか。
以下にご説明致します。
1.年金受給額の増額
最大のメリットは、もらえる年金額が増えるということです。
分かりやすく、65歳で老齢年金(老齢基礎年金と老齢厚生年金の合算)を年額100万円(月額約8.3万円)もらえる方の例で計算しました。
となり、その差額は月額3.5万円も変わってきます。
これを大きいと捉えるか、小さいと捉えるかは、みなさん次第ですが、長生きすればするほどお得になります。
2.生活スタイルに応じて、受給開始のタイミングを選べる
冒頭でも述べましたが、ここ最近は「人生100年時代」という言葉を何かと耳にする機会が増えました。
人生を100年と考えたとき、60歳代以降の人生設計をどのようなものにしていくかは重要な課題となります。
「65歳なんて、まだまだお年寄りのうちに入らないわ」なんていう、若々しい60代も増えてきていますし、現役世代よりお給料は下がっても、再雇用などで月々の収入を得ている方々も多くいます。
その中には、少なからず月々一定の収入があるのだから、年金はすぐには必要ないと考える方もいらっしゃいます。
ご自身や配偶者の就業状況によって、上限年齢の75歳までとはいかなくとも、65歳ですぐに受給を開始するのではなく、ご自身のライフプランに合わせた形で受給を開始することが、結果として支給の繰下げにつながり、受け取れる年金額が増額されたということになれば、その後の生活にとってもプラスになることは間違いありません。
こういった「選択の幅」を持つことができるのも、繰下げ受給のメリットと言えるのではないでしょうか?
繰り下げ受給のデメリット
では、デメリットにはどのようなものが考えられるでしょうか。
1.社会保険料などの負担が増える
年金が主な収入源の場合、社会保険料・所得税・住民税は年金から天引きされて支払われます。
これらは、年金額に応じて金額が決まるので、もらえる年金額が多ければ多いほど天引きされる金額も大きくなります。
繰下げ受給をして、実際に天引き後、通帳に振り込まれた支給額を見て、「手元に入ってくる年金額が、当初考えていたより少なかった」と思ってしまう人もいるかもしれません。
2.加給年金が受け取れなくなることがある
加給年金とは、厚生年金の加入期間が20年以上あった人に、年金受給開始時点で扶養している65歳未満の配偶者や18歳年度末までの子・20歳未満で一定の障害状態にある子がいる場合に、もらえる年金額に加算して支給されるものです。
年金の繰り下げ受給をするということは、受給開始年齢を遅らせるということになりますので、仮に65歳時点では加給年金の支給要件を満たしていたとしても、繰下げ待機をしていて、いざ「年金をもらおう」と思ったときに、配偶者や子どもの年齢が要件を満たしていない場合には、加給年金は支給されませんので注意が必要です。
繰下げ受給を考える人の注意点
1.必ずしも自分の想定している年齢まで繰下げ待機ができるわけではない
いざ繰下げ受給をしようと思い、手元に届いた年金請求書を提出しなくても、66歳に達した日以降の繰下げ待機期間中で、自分が想定している年齢より前に、意図せず待機期間が終了してしまう場合があります。
それは、その期間に他の公的年金の受給権が発生する場合です。
具体的な例としては、配偶者が亡くなり遺族年金の受給権が発生したり、ご自身が障害状態となってしまい、一定の障害年金の受給権が発生した場合などです。
これらの場合は、他の公的年金の受給権が発生した段階で、繰下げ待機期間が終了し、その時点での増額率が計算されてしまいます。
この場合、仮に、意図的に年金受給の手続きを遅らせたとしても、増額率が増えることはありません。
自分の意思ではどうにもできないことなので、そういったことがあるということも視野に入れておきましょう。
2.ご自身が早期に亡くなってしまう場合を考える
繰下げ待機をしたのち、やっと受給を開始した年金も、ご自身が早期に亡くなってしまっては、受け取る年金の総額が少なくなり、「損である」と言えます。
例えば、繰下げ受給をせずに65歳から受給を開始する場合は、一定の配偶者や子どもがいれば、前述のデメリットでお伝えした加給年金を受け取ることもできます。
しかし繰下げ受給のタイミングによっては、加給年金が受け取れませんので、生涯で受け取ることのできる年金の総額を考えた場合、繰下げをせず65歳から受給を開始した方が、結果としてもらう年金の総額が多かったというケースが発生します。
以下に、先ほど1.年金受給額の増額の項目でモデルにした、65歳で老齢年金を年額100万円もらえる方の例で見ていきます。
この方が、75歳で亡くなってしまうケースで計算してみましょう。
(配偶者の有無や家族構成は考慮しません)
繰下げ受給をせずに65歳で受給を開始した場合の10年間と、繰下げて70歳から受給を開始し、5年間年金を受給した場合の比較は以下になります。
【繰下げ受給をせずに65歳から年金受給開始】 【繰下げ受給をして70歳から増額した年金を受給開始】
となり、このケースですと65歳から年金を受給したほうが、もらえる年金の総額が大きくなることが分かります。
ご自身の健康状態も考慮し、繰下げ受給を検討することが大切です。
繰下げ受給をしている人はどのくらいいるか?
では、実際のところ繰下げ受給を選択している人はどのくらいいるのでしょうか。
厚生労働省の「厚生年金保険・国民年金事業の概況(令和2年度)」によれば、国民年金を例に挙げてみると、国民年金の受給権者(老齢厚生年金の受給権者を除く)3420万人のうち、繰下げ受給を選択した人は55万人と1.6%ほどでした。
参考:厚生労働省 厚生年金保険・国民年金事業の概況(令和2年度)https://www.mhlw.go.jp/content/000872907.pdf
一定の増額率があるとはいえ、現在のところ繰下げ受給を選択する方は非常に少ないと言えるでしょう。
まとめ
老齢年金を受給可能になった段階ですぐもらうのではなく、請求せず待機しているだけで1ヶ月ごとに増額率が上がっていく繰下げ受給。
もらえる年金額が増えるのはたしかに嬉しいことですが、良いことだけではありません。ご自身が元気なうちから、もらえる年金をしっかりもらって生活していきたい人、元気だからこそ、働けるうちは働いて、のちのちにもらえる年金額を増やしたい、と考える人。
価値観は人それぞれです。せっかくもらえるお金ですので、個々人のライフプランや、配偶者の有無やご家族の状況なども踏まえて、ご自身の納得する形で年金を受給をしていきましょう。
西本 結喜(にしもと ゆき)
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